語学学習:(1)リグ・ヴェーダ8.91.1

今日は試験的に、自分が勉強で読んだ箇所のメモを投稿してみます。今回はリグ・ヴェーダの第8巻第91篇の1番を載せます。全然入門的な話ではありませんが、自分の備忘録を兼ねて。印欧語学マシマシ。

 

kaniyā̀ vā́r avāyatī́ sómam ápi srutā́vidat /

ástam bhárantiy abravīd índrāya sunavai tuvā śakrā́ya sunavai tuvā // 8.91.1 //

 

作者Apālā Ātreyī。サーヤナ注の導入およびJB I.220以下によると皮膚病を抱えた娘。

韻律はpaṅkti(8音節×5行、カデンツイアンボス脚×2)。

 

「乙女が、水のほうに降りていきながら、道中でソーマを見つけた。[それを]家に運びながら[乙女は]言った。インドラのためにお前を絞ろう。能ある者(=インドラ)のためにお前を絞ろう。」

 

サーヤナ注の語釈部分

vār = udakaṃ praty, avāyatī = snānārtham abhyavagacchaṃtī, kanyā = [a]pālā nāma strī, srutā = srutau = mārge somam apy avidat. = alabhata. vidḷ lābhe laṅi rūpaṃ. taṃ somam astam = gṛhaṃ prati, bharaṃty = āharantī, sā somam abravīt. he soma tvā = tvām, iṃdrāya sunavai. = mama daṃtair evābhiṣuṇavai. punar he soma tvā = tvāṃ, śakrāya = samarthāyeṃdrāya, sunavai. = idānīm evābhiṣavaṃ karavai.

vārすなわち水に向かって、avāyatīすなわち沐浴をするために向かっていく途中に、kanyāすなわちアパーラーという名前の女が、srutāは[古典サンスクリットで]srutauで、すなわち道中で、ソーマを、api vidatすなわち得た 。√vidḷは√vid(6類動詞の方)で, 未完了形(と書いてあるが本当はアオリストのはず)。そのソーマをastamすなわち家に向かって bharaṃtyすなわち運びつつ、彼女はソーマに言った。「おおソーマよ、tvāすなわちお前を、indrāya sunavaiすなわち他ならぬ私の歯で絞ろう。」再び「おおソーマよ、tvāすなわちお前を、śakrāyaすなわち能あるインドラに、sunavaiすなわちほかならぬ今ソーマ絞りを行おう。」

 

 

それぞれの語について:

 

kaniyā̀: *kani-Han- (所有を表すホフマン接辞)、元々はn語幹(!) e.g. kanyánām (acc.sg.)

etym: PIE *ken 'neu' ? cf. Gk. καινός, OCS конъ, искони.

Hoffmann, Karl (1955) Ein grundsprachliches Possessivsuffix. Münchener Studien zur Sprachwissenschaft 6: 35-40.

 

vā́r: etym: PIE *(H)u̯eh1r- cf. Hitt. wa-a-ar, Toch. A. wär, Toch. B. war (< Proto-Toch. *uwär < *uHr), Lat. ūr-īnārī, ūrīna, Gr. οὖρον, Lith.́ra.

 

 

avāyatī́: ava + √iの現在分詞yatī-、avaの二音節目の長母音は*h1の名残(代償延長):PIE *h2eu̯(e)-h1i̯-n̥t-ih2

 

ava: etym. PIE *(h2)eu̯? cf. OCS у, Old Av. auuā, Gk. αὗ.

 

sómam: etym. Proto-Indo-Iranian *sau̯-ma-. cf. Av. haoma-. 語根*seu̯(H)「(ソーマを)絞る」からの派生なので語源からはソーマのことは何一つわからない。ただし、一般的にはエフェドラではないかと言われている。水を加えないと絞れないという特徴がある。

 

ápi: etym. PIE *(h1)epi. 本来は所格単数形? cf. Gk. ἐπί, Arm. ew, Lith. apiẽ.グラスマンの辞書の√vidの項にapi-√vidというコロケーションは書いておらず、apiの項に"Als selbständiges Wort ist es entweder deutendes Adverb oder Präposition mit dem Locativ."とあるのでここでは次のsrutā́にかかる(と少なくともグラスマンは読んでいる)っぽい。「近くに」あたりか。ただしサーヤナ注(ヒンドゥー教的な解釈をずらずら書いたもの)ではapi-√vidと解釈しているみたい。

 

srutā́: etym. PIE *sreu̯「流れる」。cf. Gk. ῥέω. 古典サンスクリットであればsrutauとなるが、これで単数所格の形。i語幹名詞の単数所格は本来PIE *-ēi̯で、語末における長母音の直後の半母音(あるいは、いわゆる超長二重母音の後部要素の半母音)は脱落するという規則を経て、PIE *-ēi̯ > *-ē > Skt. -āとなる。この規則はサンスクリット内部では例えばśakhi-の単数主格がそう(nom.sg. sákhā < *sákhai. cf. acc. sg. sákhāyam)。また、サンスクリットでは共時的な外連声としても生産的。

 

avidat: √vidのthematic aor. ちなみにthematicのアオリストはほとんどが娘言語の内部で独自にできたものと言われている:George Cardona (1960) The Indo-European thematic aorists. PhD dissertation. Yale University. (ちょっと意外!)

 

ástam: etym. PIE *n̥s-tó-. PIE *nes「家に帰る(?)」から。cf. Gk. νόστος, Young Av. asta-.

 

bhárantiy: √bhr̥の現在分詞bharantī-。

 

abravīd: etym.  PIE *mleu̯H. cf. Av. mrao-. 言語ごとに鼻音と有声閉鎖音が揺れる例の一例。他には数詞の9(PIE *neu̯n̥ > Skt. náva, OCS девѧть)や「空、雲」(PIE *nebhos- > Skt. nábhas-, Lith. debesìs)など。

 

índrā́ya: etym. Mayrhoferの語源辞典によればOCS ѩдръ「速い」と同語源とかそうでもないとか。だとすればPIE (H)i-n-d-ro-(= *h2ei̯d「膨らむ」の鼻音で形成する現在語幹から*h2ind-、それにCaland接辞*-ro-)か?各単語の意味の関連があんまりそれっぽくない。

 

sunavai: √suの反射態(Ātmanepada)の接続法。印欧祖語的には接続法は標準階梯の語根から作られるので、接続法の反射態がインド・イラン語派内部の産物であることを示唆する。(追記:よくよく考えるとこれおかしいぞ?と思って少し調べてみると、決して広く受け入れられている説ではなさそうなことがわかりました。迂闊!)

 

śakrā́ya: √śak (< PIE *ḱek-)にCaland接辞-ra- (< PIE *-ro-)がついたもの。語幹はśakra-だが、最上級はśac-iṣṭha-となって-ra-がとれる。-ra-がとれているけれども明らかにśakra-の最上級である。このような、接辞の付け替えがあるけれども同じ語に属していると分析できるような派生関係をCalandシステムという。これに属する-ra-とか-i-とかいう接辞をCaland接辞という。