比較言語学とは?(2)応用編1

今回は人工言語に歴史的な変化をつけて奥行きを広げる時のテクニック的なものをお話しします。もちろん設定を自由に膨らませるのが創作の王道だと思いますが、ここではいかに「それっぽい」言語の変化とか祖語の設定を作るかというポイントを考えようと思います。その際、創作された人工言語の状況を以下のように分類して、状況ごとに別の手法を考えてみます。

 

(1)  これから作りたい、あるいは設定だけ作って運用していない方

(2)  既にある程度作り込んで運用されている方

 

 今回は、(1) これから作る方、のための作り込み方を考えてみましょう。

 これがおそらく完成度の高さを求めるのに一番有効なやり方なのですが、古い段階から順番に作りましょう。既に設定だけ作っておられる方で、それっぽい歴史変化を演出したい方は、現状の設定を祖語あるいは古〇〇語に定めましょう。理由は単純で、新しい時代の言語から古い時代の言語に遡るよりも、古い時代の言語を変化させて新しい言語を作る方が作り込みが圧倒的に楽だからです。例えば、以下のような変化を全ての語でさせてみるとかなり自然言語の変化っぽいです。例外をたくさん作ると自然言語っぽくなくなっていきます。

 

音韻編

・/i/や/e/といった前舌母音の直前の子音が口蓋化(Palatalization)する

例: ki > tɕi (自然言語ではラテン語 centum > イタリア語 centoなど)

・母音の間で子音を弱化(Lenition)させる(無声音は有声音か摩擦音に、有声音は摩擦音に、など)

例:  ata > ada, ata > aθa, s > h, etc...

・語末の子音や母音を脱落させる。語末音脱落(apocope)と言います(発音は「アポコピー」)。

例:  atata > atat, akak > aka, etc.

・複数の子音を一つの子音に合流させる

例: /t/が既にある言語で、d > t

・複数のアクセントのない母音を[u]、[i]、[ə]などに変える

例: ラテン語 /in-amīcus/ → inimīcus(この例自体は本来共時的な音韻規則ですが、娘言語の時代から振り返ってみると歴史的な変化になっています)

・語中の子音連続のうち、前の方を脱落させて、その分直前の母音を伸ばす(代償延長(Compensatory lengthening)

例: akta > āta

・子音連続を単純化する。最後の子音と同じ音に同化(Assimilation)させるか、最後の子音以外を脱落させてしまうのがよくあります。脱落させる場合は直前の母音を代償延長させても構いません。

例: atma > amma, akta > atta(同化の例)、atka > aka, abda > ada(脱落の例)

・短い母音(を含む音節)が三つ続いた場合、真ん中の母音を脱落させる(語中音脱落(Syncope)と言います。発音は「シンコピー」)

例: pakata > pakta

・直後の(音節の)母音が/i/であるときに、母音を前舌([y]とか)にする(いわゆるウムラウト、この場合は特にi-Umlautと言います。u-Umlautが次点で多く、それ以外のウムラウトはあまり見ません。私もa-Umlautをギリギリ一例知っているくらいです。)

例: puti > püti [pyti]

 

形態論編

・既にある語の活用形を短くして、新しい文法マーカーを作る(文法化(Grammaticalization)と言います)

例: サンスクリット madhye「真ん中に」> ヒンディー語 mẽ「〜の中に(後置詞)」

・複数の格を融合させる

例: 奪格を属格に融合させる(自然言語ではバルト諸語やスラヴ諸語などに例があります)

 

 本当はもっともっと色々変化の形はあるのですが、以上の変化をいくつか組み合わせてみるだけでもかなりそれっぽくなると思います。例えば、ある言語に上であげた子音連続の単純化、語中音消失、i-Umlautがこの順番で起こったことにしてみましょう。その言語に例えば*kutbaniという単語があった場合、以下のような変化が期待できます。

 

1. *kutbani > *kubani (子音連続の単純化)

2. *kubani > *kubni (語中音消失)

3. *kubani > kübni (i-Umlaut)

 

娘言語でkübniとなりました。ちなみに、この変化の順番を入れ替えると違う形が出てきて面白いです。これを相対年代(Relative chronology)と言います。ここでは試しに先ほどの変化を、i-Umlaut、語中音消失、子音連続の単純化の順番にしてみましょう。

 

1. *kutbani > *kutbäni (i-Umlaut)

2. *kutbäni >  *kutbäni(最初の音節がkutと子音で終わっているので、そのまま)

3. *kutbäni > kubäni (子音連続の単純化)

 

このように、どんな変化を起こすか、どんな順番で起こすかということを考えていくと非常に作っていて楽しいです。是非一度試してみてください。

 

 また、もう一つ重要なポイントは、元の祖語となる言語から、自分が主に使う言語を含めた複数の娘言語(Daughter language)を作ってみることです(一番古い段階は祖語(Proto-language)でしたね。この祖語から派生した娘言語を全てまとめて家族ならぬ語族(Language family)と言います)。

 なぜ複数の娘言語が必要なのかというと、一つの言語から祖語は再建できないからです。一つの言語の不規則活用などから古い段階の言語を再建する内的再建(Internal reconstruction)という方法もあるのですが、普通の再建方法と比べるとやや難易度が高くなります。完成度の高さを狙うならどうしても、一つの娘において無くなってしまった特徴が、別の娘言語(要は変種)に残っているようにしなければなりません。

 例えば、*bākusという祖語の形から自分の使う言語用にbakuという形を作ったら、もう一つ*āと*sの存在が復元できるような変種を作っておきます。例えばvāgusとかどうでしょう。これなら比較言語学の手法で祖語までちゃんと辿れるようになります。要するに、全ての娘言語で消失してしまった特徴は再建できないということを覚えておいてください。例えばラテン語のh(habeōとか)の音は全てのロマンス語で消失してしまったので、もしラテン語の資料が残っていなかった場合、比較言語学的な手法で再建できず、多分*abeōと再建するしかなくなってしまうでしょう。もちろん設定として全ての娘言語で消えてしまった特徴を用意しておくのは大アリですが、それは自分用の資料に非公開で残しておくと非常にそれっぽくなります。

 

今回は以上です。読んでくれた方がいらっしゃるなら感謝します。お疲れ様でした。次回は今回書き残した(2)の方をやっていこうと思います。