語学学習:(3)リグ・ヴェーダ8.91.3

今回はリグ・ヴェーダの続きのメモを置いておきます。

 

ā́ caná tvā cikitsāmo ádhi caná tvā némasi /

śánair (i)va śanakáir ivé[= a í]ndrāyendo pári srava // 8.91.3 //

 

「我々はお前を理解したい。(しかし)我々はお前を認識はしない。

静かなように静かなように、インドラのために廻り流れよ、[ソーマの]滴よ。」

 

ここから韻律がanuṣṭubh(8×4行、カデンツイアンボス脚×2)に変わる。と言っても一行減っただけ。韻律的に、まずadhiのaは補わないとまずそう。次に、Oldenbergは一つ目のivaのiを省略しろと書いてる。ivendra-はiva indra-に切らないと音節数が合わない。しかしここまでしてもcikitsāmoとtvā némasiのカデンツがそれぞれU---, --UUなので変な感じ。ところで、カデンツはvṛttaっていうらしい。

 

例によってサーヤナ注の語釈部分だけど、どうもなんだか解釈が変な感じがする。特にadhi imasiのところと、śanair iva śanakair ivaのところ。adhi imasiはグラスマン的にはerkennen。canaもここは素直にca + naでいい気がする(グラスマンの解釈もund nicht)。

 

(...) caneti nipātasamudāyo 'vadhāraṇārthe. (...) cikitsāmo = jñātum icchāma eva. (...) nādhīmasi = nādhigacchāmaḥ (...)  indo kṣaraṇaśīla soma (...) śánaiḥ śanakáiḥ kṣipram ity arthaḥ. (...)

「(...) canaというのは不変化辞の組み合わせで、強調の意味 (...) cikitsāmoすなわち他ならぬ知ることを欲する (...) nādhīmasiすなわち(交わりのために?)近づかない (...) indoすなわち滴り落ちる形(?)を持つソーマよ (...) śánaiḥ śanakáiḥは直ちにという意味である(...)」

 

ところで、サーヤナ注だとインドラがこれを詠んだ女性の家に来てるみたいですね。JBの対応箇所にもそんな話は書いてないっぽいし、どこから湧いたエピソードなのかしら?

 

それぞれの語について:

 

ā́: etym. *(h₁)eh₁ ~ *(h₁)oh₁ で、代名詞*(h₁)e-の具格だとかなんとか。OHG â-mâdのâと同源かもとか、Gk. χηρωσταίの-ω-と同語源かもとか書いてあるが真偽判断ができないなあ。後者の-ω-(なんだか顔文字みたい!)はDunkel (1987: 91-100)によれば*ǵʰeh₁ro-h₁d-なのでテーマ母音と「食べる」の一部だとかなんとか。

Dunkel, George E. (1987) Heres, χηρωσταί: indogermanische Richtersprache. In: George Cardona & Norman H. Zide (eds.) Festschrift for Henry Hoenigswald on the Occasion of his Seventieth Birthday. Tübingen: Narr, 91-100.

 

caná: ca + ná。すなわち*kʷe + *ne。

 

cikitsāmo: etym. kʷei̯-t- 'erkennen'. 重複するとciket-とかcikit-となる。 完了形の語幹のciket-は元がo階梯だから規則通りで、cikit-はciket-からの平準化かな。

 

ádhi:  代名詞*(h₁)e- + -dhiらしい。ということはὅ-θιと同じ接辞か。

 

śánais, śanakáis: etym. *ḱen-。uccáisと同様で、形容詞の具格形ではなくこれで副詞。

 

iva: i-は代名詞*(h₁)i-らしい。Hitt. iwarと同語源だと言われているらしく、ヒッタイト側は*(h₁)i-u̯r̥ (nom. sg.), ivaは*(h₁)i-u̯n̥ (loc.sg.)となるとかなんとか。じゃあheterocliticか。

 

indu-: 語源不明。bindu-はこの語からの派生?Mayrhoferはindu-の項にこの語からbindu-が派生云々的なこと書いてるのにbindu-を見るとNicht klarとしか書いてない。

 

pári: etym. *per-のloc.sg.? cf. Gk. περι-, Lat. per, Lith. pér-.リトアニア語のperとはちょっと毛色が違う感じがすると思ったらπερικαλλής 'very beautiful'という語があるらしい。なるほど。