アクセントとは?(1)入門編
今回は、意外と奥が深いアクセントについて考えてみましょう。
まず、アクセントの定義から入ってみましょう。と言ってもかなりいい加減でふわっとしている定義で、「語の中のある音節が卓立(Prominence)を持つこと」です。つまり、ピッチ(いわゆる高低アクセント)だろうがストレス(いわゆる強弱アクセント)だろうがとにかく何かしらの形で他の音節と比べて際立つことがアクセントの定義です。意味の弁別に参与するかは関係ありません。また、音調(Tone、声調とも)はピッチアクセントの一部ではなく、アクセントに似た別の概念ということになっていると思います。こちらは別の機会に紹介しようと思います。
では、自然言語にはどのようなアクセント体系が考えられるでしょうか。音調を別にすれば、大体以下の三種類が考えられると思います。
(1) 固定型
単語の形からアクセントの位置が予測できるタイプです。古典期のラテン語のような一見固定でないように見えるタイプも、右から二音節目(Penult)の構造次第でアクセント位置が予測可能なので固定に入ります。
(2) 自由型
単語の形からアクセントの位置が予測できないタイプのうち、アクセントの位置が意味の区別に参与するものです。
(3) いわゆる無アクセント型
そもそも一定のアクセントを持たないタイプです。単語の形からアクセントの位置が予測できないどころかどこにおいても大丈夫なやつです。直感だとこちらを自由アクセントと呼びたくなるのですが、言語学的には違います。
例:日本語方言の一部
このように、大きく固定型と自由型と無アクセント型に分けることができます。このうち固定型にはさらに下位区分があります。
(1a) 固定型・音節式
アクセント位置の計算単位が音節になるものです。例えばポーランド語が典型的な音節式の言語で、どんなモーラ構造をしていても後ろから二音節目(Penult)にアクセントが置かれます。mędrkować[mendrkovatɕ]などはいかにも後ろから三音節目が重い感じがしますが、アクセントはoにあります。
(1b) 固定型・モーラ式
アクセント位置の計算単位がモーラ(いわゆる「拍」というやつです)になるものです。例えば古典期のラテン語は、最後の音節のモーラ数を計算外として数えた時に(韻律外性(Extrametricality)と言います)、後ろから二つ目のモーラに置かれます(なお、モーラがひとつしかない場合はそのひとつに置かれます)。例えば、 legereの場合はle, ge, reにそれぞれ1モーラずつあるため、reを韻律外として右から二つ目のモーラのleにアクセントが置かれます。habēreはbēに2モーラあるため、haではなくbēにアクセントが置かれます。韻律外性が必要なのは、最後の音節のモーラの数がアクセント位置に影響しないからです。
ちなみに、この固定型は語の右(語末)側からアクセント計算を始めてもいいし、左(語頭)側からアクセント計算を始めても構いません。このアクセント計算を韻律強勢理論(Metrical stress theory)と言い、このような手法で音韻を分析する言語学の分野を韻律音韻論(Prosodic phonology)と言います。
さらに、このような分類のそれぞれに対して、アクセントの実現がピッチ(Pitch)になるかストレス(Stress)になるかの二通りが考えられますね。まとめると、アクセントには以下のような体系が考えられます。
(1a-P) 固定型・音節式・ピッチ
(1a-S) 固定型・音節式・ストレス
(1b-P) 固定型・モーラ式・ピッチ
(1b-S) 固定型・モーラ式・ストレス
(2-P) 自由型・ピッチ
(2-S) 自由型・ストレス
(3) 無アクセント型
これに音調(声調)を加えれば、世界の言語の体系は大体どれかしらに分類できると思います。ただ、(2-P)の一部にアクセントが上昇/下降の弁別的な音調で実現するもの(リトアニア語やセルビア語・クロアチア語・ボスニア語など)や、アクセントと別個に音調があるもの(ラトヴィア語など)もあって、これらをどう扱うかはかなり難しいところです。
また、私はこの記事で分けた類の全てに自然言語の実例があるのかいまいちよくわかっていません。特に固定型のピッチアクセントの言語はあまりよく実例を知りません。理屈の上ではあり得るはずですが…
今回はここまでとします。次回は音調の話か、人工言語のアクセント規則の考え方を検討していこうと思っています。ここまで読んでくださった方がいらっしゃれば感謝します。お疲れ様でした。
補足
本当は脚で分けてトロカイオス脚とイアンボス脚にしなきゃいけないんですけど、大学の授業というわけでもないので省略しました。元ネタはBruce Hayesという人の理論です。
Hayes, Bruce (1995) Metrical Stress Theory: Principles and Case Studies. University of Chicago Press.
弁別的(distinctive)という言葉をまだちゃんと紹介していなかったのですが、要するに意味の区別に関わるということです。例えば中国語の場合、有気音と無気音の区別は弁別的です。