アクセントとは?(2) 複合語編

今回は、自然言語の複合語の分類とかアクセント規則を検討しながら、人工言語の複合語形成にどのようなアクセント規則を作りうるのかということを考えていこうと思います。と思ったのですかアクセントそっちのけで複合語を語る回になってしまいました。すみません。

 

 複合語(Compound words)と一口に言っても色々あります。私はサンスクリットが趣味なのですが、サンスクリットの複合語ってかなり詳細な分類があるんですよね。ついでにちょっと見てみましょう。

 

(1)  ドゥヴァンドゥヴァ(dvandva)。

▶「AとB」型です。

例:  田畑 = 田んぼ+畑

          父母 = 父親+母親

 

(2)  タトプルシャ(tatpuruṣa)。

▶前部要素と後部要素の間に格関係があるものです。「AのB(属格の関係)」とか「AのためのB(与格の関係)」とか、「AによるB(具格の関係)」とかがそうです。通言語的にはどう定義すればいいのかしら。

例:  台所洗剤 = 台所(の洗い物)のための洗剤

          王子 = 王の子

 

(3)  カルマダーラヤ(karmadhāraya)。

▶前部要素と後部要素が同格であるもの。要するに「A的なB」、「Aの性質をもつB」型です。Aは形容詞がくることがほとんどのような気がします。

例:   青バット = 青いバット

           大講堂 = 大きな講堂

 

(4)  ドゥヴィグ(dvigu)。

▶  数詞と名詞の複合です。「A個のB」型。日本語だとそこまでこの分類を使う必要はないかもしれませんが、人工言語創作なら検討する価値はあるでしょう。

例:   三密 = 三種の密[集状態]

 

(5)   アヴィヤイーバーヴァ(avyayībhāva)。

▶  これは多分サンスクリットくらいにしかないもので、接語(or 前置詞 ~ 接頭辞)+名詞・形容詞+中性語尾-mを使って副詞を作るものです。

例: 梵 anujyeṣṭham「年齢順に」

         = anu「〜に続いて」+jyeṣṭha-「最年長の」+m

 

(6)  バフヴリーヒ(bahuvrīhi)。

▶  「BがAであるような」という形容詞を作るものです。

例:  梵 dīrghabāhu- 「腕の長い」

          = dīrgha-「長い」+ bāhu-「腕」

「長い腕」とも取れるのですが、サンスクリットではアクセントで区別します。

 

 

 

   こんな感じで複合語といってもいろいろ種類があります。このことを踏まえて、次はアクセントの話に行きましょう。

   複合語のアクセントは、どちらか片方のアクセントが主アクセントとなって、もう片方のアクセントが副アクセントになるというのが通言語的には多いでしょうか。どちらか片方のアクセントだけが残るというパターンも多いと思います。さらに、私は実例を少ししか知りませんが、両方のアクセントがちゃんと残って、一語二アクセントになるという複合語もあります。

 

例えば、

主アクセントと副アクセントがあるもの:英 ˈbookˌstore「書店」

主アクセント一つになるもの:独 ˈWörterbuch「辞典」(Wörter 'words' + buch 'book') (これ、本当に副アクセントないのかしら?自信なくなってきました…)

両方のアクセントが残るもの:梵 mitrā́váruṇā「ミトラ神とヴァルナ神」

 

特にヴェーダ期のサンスクリットのアクセントは面白くて、どのような複合語であるかによってアクセントの位置が変わります。極々単純に概要だけ述べますと、

 

・「AとB」、「A(的)であるB」、「AのB」、「AによるB」、「AのためのB」などの場合、Bにアクセントがあります。

例: rāja-putrá-「王の子」

 

・「AがBという性質を持つもの」という形容詞を作った場合、Aにアクセントがあります。

例: rā́ja-putra-「子が王の」

 

・二つの神名をつなげて「A神とB神」という複合語を作った場合には、両方にアクセントが入ります(一語一アクセントの原則とは一体…)。

例: mitrā́-váruṇā「ミトラ神とヴァルナ神」

 

 なんでこんなのがわかるのかというと、ヴェーダは正しく発音しないと意味がないので、写本はアクセント記号付きですし、アクセントの音声的特徴をかなり詳しく記述した音声学書も残っているからです。特に音声学の発達度合いは想像を絶するものがあり、19世紀には誤りと判定されていたけれども、20世紀になって実は音声学的に正しかったと判明した記述があるくらいだそうです。

 また、アクセントを間違えて大変なことになった事例として、インドラをやっつけると決意したとある神が「インドラの敵(indra-śatrú-)」を作ろうとして、間違えて「インドラが敵のもの(índra-śatru-)」を作ってしまったという神話が残っています(ヴリトラのことです)。伝統文法学の「何故文法を学ぶのか」という議論でも例として挙げられています。

 

 

 最後に、人工言語に対する応用例を考えてみましょう。例えば、それなりに長めの名詞から形容詞を派生させる際にアクセント位置を変えることで実現するとか(先ほどの「インドラが敵のもの」みたいに)、「否定辞-X」と言う時に、どちらの要素にアクセントを置くかで「Xがないこと」と「Xでないものがあること」を区別するとか言うのはどうでしょうか。なんだか長々と書いた割にはあんまり応用例が思い浮かびませんね。すみません…。

   また、複合語の前部要素と後部要素の境界で起こる音韻現象を、語中のものと同じにするか、語同士の境界と同じにするか、という点も弄る余地があります。連濁みたいに複合語特有の規則を作るのもアリでしょう。

 

 ついでに言語学の勉強も少ししましょうか。こう言うふうにアクセント位置を変えることで意味が変わる場合、このアクセント移動自体が形態素の一種であると捉えることもできます。こう言うのを超分節接辞(Suprafix)と言います。もっと身近な例で言うと、英語のˈinsult「侮辱」とinˈsult「侮辱する」みたいな名詞と動詞の区別が超文節接辞によるものです。ちなみに、[insʌlt]のような子音と母音の並び自体を分節音(Segment)というのに対して、アクセントは分節音の上からかぶさるような形で存在するので超分節音(Suprasegment)と言います。だから超分節接辞というんですね。さらに、言語によっては自律分節(Autosegment)というものも出てきますが、これは音調が他の音節に広がるとか、隣り合った音節でぶつかった時に消えるとか、そういう連声(Sandhi)のような現象を扱う時に使う用語です。もし音調の話をする機会があったらその時に書きます。

 

 今回は少し長くなってしまったのでここまでにします。次は、実際の発話においてアクセントがどのように実現されているのかというところを少し考えてから、イントネーションの話に進んでみようと思います。読んでくださった方がいらっしゃったなら感謝します。お疲れ様でした。