語学学習:(3)リグ・ヴェーダ8.91.3

今回はリグ・ヴェーダの続きのメモを置いておきます。

 

ā́ caná tvā cikitsāmo ádhi caná tvā némasi /

śánair (i)va śanakáir ivé[= a í]ndrāyendo pári srava // 8.91.3 //

 

「我々はお前を理解したい。(しかし)我々はお前を認識はしない。

静かなように静かなように、インドラのために廻り流れよ、[ソーマの]滴よ。」

 

ここから韻律がanuṣṭubh(8×4行、カデンツイアンボス脚×2)に変わる。と言っても一行減っただけ。韻律的に、まずadhiのaは補わないとまずそう。次に、Oldenbergは一つ目のivaのiを省略しろと書いてる。ivendra-はiva indra-に切らないと音節数が合わない。しかしここまでしてもcikitsāmoとtvā némasiのカデンツがそれぞれU---, --UUなので変な感じ。ところで、カデンツはvṛttaっていうらしい。

 

例によってサーヤナ注の語釈部分だけど、どうもなんだか解釈が変な感じがする。特にadhi imasiのところと、śanair iva śanakair ivaのところ。adhi imasiはグラスマン的にはerkennen。canaもここは素直にca + naでいい気がする(グラスマンの解釈もund nicht)。

 

(...) caneti nipātasamudāyo 'vadhāraṇārthe. (...) cikitsāmo = jñātum icchāma eva. (...) nādhīmasi = nādhigacchāmaḥ (...)  indo kṣaraṇaśīla soma (...) śánaiḥ śanakáiḥ kṣipram ity arthaḥ. (...)

「(...) canaというのは不変化辞の組み合わせで、強調の意味 (...) cikitsāmoすなわち他ならぬ知ることを欲する (...) nādhīmasiすなわち(交わりのために?)近づかない (...) indoすなわち滴り落ちる形(?)を持つソーマよ (...) śánaiḥ śanakáiḥは直ちにという意味である(...)」

 

ところで、サーヤナ注だとインドラがこれを詠んだ女性の家に来てるみたいですね。JBの対応箇所にもそんな話は書いてないっぽいし、どこから湧いたエピソードなのかしら?

 

それぞれの語について:

 

ā́: etym. *(h₁)eh₁ ~ *(h₁)oh₁ で、代名詞*(h₁)e-の具格だとかなんとか。OHG â-mâdのâと同源かもとか、Gk. χηρωσταίの-ω-と同語源かもとか書いてあるが真偽判断ができないなあ。後者の-ω-(なんだか顔文字みたい!)はDunkel (1987: 91-100)によれば*ǵʰeh₁ro-h₁d-なのでテーマ母音と「食べる」の一部だとかなんとか。

Dunkel, George E. (1987) Heres, χηρωσταί: indogermanische Richtersprache. In: George Cardona & Norman H. Zide (eds.) Festschrift for Henry Hoenigswald on the Occasion of his Seventieth Birthday. Tübingen: Narr, 91-100.

 

caná: ca + ná。すなわち*kʷe + *ne。

 

cikitsāmo: etym. kʷei̯-t- 'erkennen'. 重複するとciket-とかcikit-となる。 完了形の語幹のciket-は元がo階梯だから規則通りで、cikit-はciket-からの平準化かな。

 

ádhi:  代名詞*(h₁)e- + -dhiらしい。ということはὅ-θιと同じ接辞か。

 

śánais, śanakáis: etym. *ḱen-。uccáisと同様で、形容詞の具格形ではなくこれで副詞。

 

iva: i-は代名詞*(h₁)i-らしい。Hitt. iwarと同語源だと言われているらしく、ヒッタイト側は*(h₁)i-u̯r̥ (nom. sg.), ivaは*(h₁)i-u̯n̥ (loc.sg.)となるとかなんとか。じゃあheterocliticか。

 

indu-: 語源不明。bindu-はこの語からの派生?Mayrhoferはindu-の項にこの語からbindu-が派生云々的なこと書いてるのにbindu-を見るとNicht klarとしか書いてない。

 

pári: etym. *per-のloc.sg.? cf. Gk. περι-, Lat. per, Lith. pér-.リトアニア語のperとはちょっと毛色が違う感じがすると思ったらπερικαλλής 'very beautiful'という語があるらしい。なるほど。

 

 

アクセントとは?(2) 複合語編

今回は、自然言語の複合語の分類とかアクセント規則を検討しながら、人工言語の複合語形成にどのようなアクセント規則を作りうるのかということを考えていこうと思います。と思ったのですかアクセントそっちのけで複合語を語る回になってしまいました。すみません。

 

 複合語(Compound words)と一口に言っても色々あります。私はサンスクリットが趣味なのですが、サンスクリットの複合語ってかなり詳細な分類があるんですよね。ついでにちょっと見てみましょう。

 

(1)  ドゥヴァンドゥヴァ(dvandva)。

▶「AとB」型です。

例:  田畑 = 田んぼ+畑

          父母 = 父親+母親

 

(2)  タトプルシャ(tatpuruṣa)。

▶前部要素と後部要素の間に格関係があるものです。「AのB(属格の関係)」とか「AのためのB(与格の関係)」とか、「AによるB(具格の関係)」とかがそうです。通言語的にはどう定義すればいいのかしら。

例:  台所洗剤 = 台所(の洗い物)のための洗剤

          王子 = 王の子

 

(3)  カルマダーラヤ(karmadhāraya)。

▶前部要素と後部要素が同格であるもの。要するに「A的なB」、「Aの性質をもつB」型です。Aは形容詞がくることがほとんどのような気がします。

例:   青バット = 青いバット

           大講堂 = 大きな講堂

 

(4)  ドゥヴィグ(dvigu)。

▶  数詞と名詞の複合です。「A個のB」型。日本語だとそこまでこの分類を使う必要はないかもしれませんが、人工言語創作なら検討する価値はあるでしょう。

例:   三密 = 三種の密[集状態]

 

(5)   アヴィヤイーバーヴァ(avyayībhāva)。

▶  これは多分サンスクリットくらいにしかないもので、接語(or 前置詞 ~ 接頭辞)+名詞・形容詞+中性語尾-mを使って副詞を作るものです。

例: 梵 anujyeṣṭham「年齢順に」

         = anu「〜に続いて」+jyeṣṭha-「最年長の」+m

 

(6)  バフヴリーヒ(bahuvrīhi)。

▶  「BがAであるような」という形容詞を作るものです。

例:  梵 dīrghabāhu- 「腕の長い」

          = dīrgha-「長い」+ bāhu-「腕」

「長い腕」とも取れるのですが、サンスクリットではアクセントで区別します。

 

 

 

   こんな感じで複合語といってもいろいろ種類があります。このことを踏まえて、次はアクセントの話に行きましょう。

   複合語のアクセントは、どちらか片方のアクセントが主アクセントとなって、もう片方のアクセントが副アクセントになるというのが通言語的には多いでしょうか。どちらか片方のアクセントだけが残るというパターンも多いと思います。さらに、私は実例を少ししか知りませんが、両方のアクセントがちゃんと残って、一語二アクセントになるという複合語もあります。

 

例えば、

主アクセントと副アクセントがあるもの:英 ˈbookˌstore「書店」

主アクセント一つになるもの:独 ˈWörterbuch「辞典」(Wörter 'words' + buch 'book') (これ、本当に副アクセントないのかしら?自信なくなってきました…)

両方のアクセントが残るもの:梵 mitrā́váruṇā「ミトラ神とヴァルナ神」

 

特にヴェーダ期のサンスクリットのアクセントは面白くて、どのような複合語であるかによってアクセントの位置が変わります。極々単純に概要だけ述べますと、

 

・「AとB」、「A(的)であるB」、「AのB」、「AによるB」、「AのためのB」などの場合、Bにアクセントがあります。

例: rāja-putrá-「王の子」

 

・「AがBという性質を持つもの」という形容詞を作った場合、Aにアクセントがあります。

例: rā́ja-putra-「子が王の」

 

・二つの神名をつなげて「A神とB神」という複合語を作った場合には、両方にアクセントが入ります(一語一アクセントの原則とは一体…)。

例: mitrā́-váruṇā「ミトラ神とヴァルナ神」

 

 なんでこんなのがわかるのかというと、ヴェーダは正しく発音しないと意味がないので、写本はアクセント記号付きですし、アクセントの音声的特徴をかなり詳しく記述した音声学書も残っているからです。特に音声学の発達度合いは想像を絶するものがあり、19世紀には誤りと判定されていたけれども、20世紀になって実は音声学的に正しかったと判明した記述があるくらいだそうです。

 また、アクセントを間違えて大変なことになった事例として、インドラをやっつけると決意したとある神が「インドラの敵(indra-śatrú-)」を作ろうとして、間違えて「インドラが敵のもの(índra-śatru-)」を作ってしまったという神話が残っています(ヴリトラのことです)。伝統文法学の「何故文法を学ぶのか」という議論でも例として挙げられています。

 

 

 最後に、人工言語に対する応用例を考えてみましょう。例えば、それなりに長めの名詞から形容詞を派生させる際にアクセント位置を変えることで実現するとか(先ほどの「インドラが敵のもの」みたいに)、「否定辞-X」と言う時に、どちらの要素にアクセントを置くかで「Xがないこと」と「Xでないものがあること」を区別するとか言うのはどうでしょうか。なんだか長々と書いた割にはあんまり応用例が思い浮かびませんね。すみません…。

   また、複合語の前部要素と後部要素の境界で起こる音韻現象を、語中のものと同じにするか、語同士の境界と同じにするか、という点も弄る余地があります。連濁みたいに複合語特有の規則を作るのもアリでしょう。

 

 ついでに言語学の勉強も少ししましょうか。こう言うふうにアクセント位置を変えることで意味が変わる場合、このアクセント移動自体が形態素の一種であると捉えることもできます。こう言うのを超分節接辞(Suprafix)と言います。もっと身近な例で言うと、英語のˈinsult「侮辱」とinˈsult「侮辱する」みたいな名詞と動詞の区別が超文節接辞によるものです。ちなみに、[insʌlt]のような子音と母音の並び自体を分節音(Segment)というのに対して、アクセントは分節音の上からかぶさるような形で存在するので超分節音(Suprasegment)と言います。だから超分節接辞というんですね。さらに、言語によっては自律分節(Autosegment)というものも出てきますが、これは音調が他の音節に広がるとか、隣り合った音節でぶつかった時に消えるとか、そういう連声(Sandhi)のような現象を扱う時に使う用語です。もし音調の話をする機会があったらその時に書きます。

 

 今回は少し長くなってしまったのでここまでにします。次は、実際の発話においてアクセントがどのように実現されているのかというところを少し考えてから、イントネーションの話に進んでみようと思います。読んでくださった方がいらっしゃったなら感謝します。お疲れ様でした。

 

 

語学学習:(2)リグ・ヴェーダ8.91.2

今回は語学学習の記事ということで、またリグヴェーダの続きを読んだメモを置いておこうと思います。例によって全く言語学入門とはいえませんが…。

 

asáu yá éṣi vīrakó gr̥háṁ-gr̥haṁ vicā́kaśad /

imáṁ jámbhasutam piba dhānā́vantaṁ karambhíṇam apūpávantam ukthínam //8.91.2//

 

韻律はやっぱりpaṅkti。特に韻律的に面白いところはなし。奇跡的ともいえる印欧語学的な内容の濃さだった8.91.1と比べるとそこまで興味を惹かれるものはない。

 

「輝きつつ家々を行く勇者であるあなたは、この歯で絞った[ソーマを]飲め。穀粒を持つ者、粥を持つ者、菓子を持つ者、賛歌を持つ者[であるソーマ]を。」でしょうか。ソーマを歯で搾るというのは調べてみたのですがどうもここにしか出てこないようです(確信はないけど)。

 

サーヤナ注の語釈を見てみると、「それ本当か?」と言いたくなるレベルまで語を補っている箇所があって面白いです。

(...) gr̥haṁ gr̥haṁ = yajamānagr̥haṁ prati somapānāya (...) dhānā = bhraṣṭayavāḥ (...) apūpavantam = purodāśādisahitam (...)

「(...)家々を、すなわち祭主の家にソーマを飲みに(...) 穀粒、すなわち地に落ちた大麦 (...)菓子をもった、すなわちプローダーシャ(麦か米のおだんご)をはじめとするものを伴った(...)」

 

それぞれの語について:

 

√kāś: etym. PIE *kʷek' (?) リグヴェーダでは強意動詞形のみ。I類の活用が出てくるのはŚBとJUBが最初期の例。Schaefer (1994: 102-104)によれば本来の意味は「見る」らしいが、Mayrhoferはsichtbar werden, erscheinenと書いている。prakāśa-「明るい、光」やavakāśa-「空間、機会」等と同一語根。

 

jámbha-: etym. *g'ombʰo- cf. OCS зѫбъ. dat-と何が違うのだろう?と思ってMayrhoferを引いてみると、dat-がZahn、jambha-がGezähn, Dual (beide) Zahnreihenと書いてある。

 

dhānā́-: etym. Mayrhoferによれば*dʰoH-neh₂ 「穀物」から。cf. Lith. dúona, Toch. B. tāno. リトアニアduona「パン」と同語源だと見てびっくりして調べてみたらDerksenも同じことを書いているのでどうやら本当らしい。さらによく調べてみると、このdhānā自体もどうやら「炒った穀粒」と解釈するほうがいいものらしく(RV 3. 35. 3; 7, 10.28.1にインドラに捧げる「食べ物」として登場する、「穀粒」には既にdhānyaという語がある)、そう考えるとduonaと同語源というのも納得だなあ。

 

karambh-ín-: 'mit Grütze versehen, vom Opfertrunke des Indra.' 語源不明。このkarambhaとは、穀粒を粉にして少なめのミルクで練ったものらしい。

 

apūpávat-:こう言えばソーマのことらしい。語源は一応Mayrhoferに候補が書いてあるけれども信憑性はちょっと微妙。

 

ukth-ín-: uktha-はもちろん√vacから。接尾辞-tha-による派生はAiG II 2にあり、uktha-はS. 718にある。cf. Av. uxδa-.

 

前回の箇所に比べると物足りない感じはしますが、今回はこんなものでしょうか。とりあえずこれで公開しておいて、何かあったら後で書き足すことにします。

アクセントとは?(1)入門編

 今回は、意外と奥が深いアクセントについて考えてみましょう。

 

 まず、アクセントの定義から入ってみましょう。と言ってもかなりいい加減でふわっとしている定義で、「語の中のある音節が卓立(Prominence)を持つこと」です。つまり、ピッチ(いわゆる高低アクセント)だろうがストレス(いわゆる強弱アクセント)だろうがとにかく何かしらの形で他の音節と比べて際立つことがアクセントの定義です。意味の弁別に参与するかは関係ありません。また、音調(Tone、声調とも)はピッチアクセントの一部ではなく、アクセントに似た別の概念ということになっていると思います。こちらは別の機会に紹介しようと思います。

 では、自然言語にはどのようなアクセント体系が考えられるでしょうか。音調を別にすれば、大体以下の三種類が考えられると思います。

 

(1)  固定型

 単語の形からアクセントの位置が予測できるタイプです。古典期のラテン語のような一見固定でないように見えるタイプも、右から二音節目(Penult)の構造次第でアクセント位置が予測可能なので固定に入ります。

 例:古典期のラテン語ポーランド語、現代ペルシア語

 

(2)  自由型

 単語の形からアクセントの位置が予測できないタイプのうち、アクセントの位置が意味の区別に参与するものです。

 例:ロシア語、ヴェーダ期のサンスクリット語

 

(3)  いわゆる無アクセント型

 そもそも一定のアクセントを持たないタイプです。単語の形からアクセントの位置が予測できないどころかどこにおいても大丈夫なやつです。直感だとこちらを自由アクセントと呼びたくなるのですが、言語学的には違います。

 例:日本語方言の一部

 

 このように、大きく固定型と自由型と無アクセント型に分けることができます。このうち固定型にはさらに下位区分があります。

 

(1a)  固定型・音節式

 アクセント位置の計算単位が音節になるものです。例えばポーランド語が典型的な音節式の言語で、どんなモーラ構造をしていても後ろから二音節目(Penult)にアクセントが置かれます。mędrkować[mendrkovatɕ]などはいかにも後ろから三音節目が重い感じがしますが、アクセントはoにあります。

 

(1b)  固定型・モーラ式 

 アクセント位置の計算単位がモーラ(いわゆる「拍」というやつです)になるものです。例えば古典期のラテン語は、最後の音節のモーラ数を計算外として数えた時に(韻律外性(Extrametricality)と言います)、後ろから二つ目のモーラに置かれます(なお、モーラがひとつしかない場合はそのひとつに置かれます)。例えば、 legereの場合はle, ge, reにそれぞれ1モーラずつあるため、reを韻律外として右から二つ目のモーラのleにアクセントが置かれます。habēreはbēに2モーラあるため、haではなくbēにアクセントが置かれます。韻律外性が必要なのは、最後の音節のモーラの数がアクセント位置に影響しないからです。

 

 ちなみに、この固定型は語の右(語末)側からアクセント計算を始めてもいいし、左(語頭)側からアクセント計算を始めても構いません。このアクセント計算を韻律強勢理論(Metrical stress theory)と言い、このような手法で音韻を分析する言語学の分野を韻律音韻論(Prosodic phonology)と言います。

  さらに、このような分類のそれぞれに対して、アクセントの実現がピッチ(Pitch)になるかストレス(Stress)になるかの二通りが考えられますね。まとめると、アクセントには以下のような体系が考えられます。

 

(1a-P)  固定型・音節式・ピッチ

(1a-S)  固定型・音節式・ストレス

(1b-P)  固定型・モーラ式・ピッチ

(1b-S)  固定型・モーラ式・ストレス

(2-P)   自由型・ピッチ

(2-S)   自由型・ストレス

(3)   無アクセント型

 

 これに音調(声調)を加えれば、世界の言語の体系は大体どれかしらに分類できると思います。ただ、(2-P)の一部にアクセントが上昇/下降の弁別的な音調で実現するもの(リトアニア語やセルビア語・クロアチア語ボスニア語など)や、アクセントと別個に音調があるもの(ラトヴィア語など)もあって、これらをどう扱うかはかなり難しいところです。

 また、私はこの記事で分けた類の全てに自然言語の実例があるのかいまいちよくわかっていません。特に固定型のピッチアクセントの言語はあまりよく実例を知りません。理屈の上ではあり得るはずですが…

 

 今回はここまでとします。次回は音調の話か、人工言語のアクセント規則の考え方を検討していこうと思っています。ここまで読んでくださった方がいらっしゃれば感謝します。お疲れ様でした。

 

補足

本当は脚で分けてトロカイオス脚とイアンボス脚にしなきゃいけないんですけど、大学の授業というわけでもないので省略しました。元ネタはBruce Hayesという人の理論です。 

Hayes, Bruce (1995) Metrical Stress Theory: Principles and Case Studies. University of Chicago Press.

 

弁別的(distinctive)という言葉をまだちゃんと紹介していなかったのですが、要するに意味の区別に関わるということです。例えば中国語の場合、有気音と無気音の区別は弁別的です。

比較言語学とは?(3)応用編2

 今回は、前回書きそびれてしまった、(2)既にある程度運用されている方、のための人工言語の通時的な奥行きの出し方を考えていきたいと思います。

 既にある程度運用している人工言語からそれよりも古い時代の言語の設定を派生させる場合は、少し比較言語学(歴史言語学)のテクニックを使うとそれっぽく仕上げやすいです。以下ではそのやり方の一例を少し提案してみます。と言っても、前回提案したやり方の逆をやるだけです。

 

音韻編

・語の末尾に音を追加する(ただし、やるなら全ての二音節以上の語でやらねばなりません。なので語末に活用語尾がくるような祖語を作る場合以外は難易度が高くなります)

例: asaから*asap、aratから*arati

・音素を分裂させる(安易ですがかなり有効です)

例: hを*xと*hに、aを*əと*aと*āに

・母音間の子音を強化(Fortition)する(有声音を無声音に、摩擦音を閉鎖音になど。これもそれなりに有効です)。

例: aθaから*ata, adaから*ata

・子音連続の間に母音を入れる(CCCなど複雑な子音連続を許すタイプの言語からだとやりやすいです)

例: aktaから*akuta

・似たような母音の連続をウムラウトの結果ということにする(帳尻合わせがそれなりに難しいです)

例: kepiから*kapi

・長母音+単子音の構造を単母音+複子音に変えてみる

例: āpaから*ahpa

・母音間にsやhを入れてみる(母音間にsやhがある言語だと少し追加で帳尻合わせを考えなければなりませんが、有効です)

例: leaから*lehaあるいは*lesa

 

形態編

・格を増やす(王道だと思います)

例: 与格を与格(目的の到達まで示す)と方向格(到達は含意せず方向だけ)に分ける 

・前置詞や屈折語尾から単語を復元する(文法化の逆です)

例: 場所格語尾-esから、*esto-n「手の中で(古い場所格語尾*-nという設定を生やす)」

 

 次に、祖語を作った際に出来てしまった元の言語にない特徴を保存している娘言語(変種)を作ります。例えば、aktaから*akutaを作った場合、この*-u-の痕跡を何らかの形で残している変種を作ると、比較言語学の手法で実際に祖語を再建することができるようになります。

 前回も少し触れたように、一つの言語からそのより古い形を再建する内的再建という手法もあるのですが(なお、内的再建で再建した言語はProto-languageではなくPre-languageと言います)、これは難易度が上がるうえに信用度もやや低く、さらにどうしても再建できる範囲に限界があるのであまりお勧めしません。印欧祖語の喉音理論を生んだ由緒正しい手法の一つではあるんですけど、新しい段階から古い段階を再建するのは比較言語学そのものですので、古い段階から新しい段階を作るよりもはるかにしんどいと思います。比較言語学マニアの方は是非内的再建もやってみてください。喉音理論に限らずソシュールが滅法得意としていた手法なのでソシュール気分が味わえるんじゃないでしょうか(?)

 今回はここまでです。ここまで読んでくださった方がいらっしゃったなら感謝します。お疲れ様でした。次回の内容は未定です。アクセントが現状では第一候補でしょうか。

 

  

比較言語学とは?(2)応用編1

今回は人工言語に歴史的な変化をつけて奥行きを広げる時のテクニック的なものをお話しします。もちろん設定を自由に膨らませるのが創作の王道だと思いますが、ここではいかに「それっぽい」言語の変化とか祖語の設定を作るかというポイントを考えようと思います。その際、創作された人工言語の状況を以下のように分類して、状況ごとに別の手法を考えてみます。

 

(1)  これから作りたい、あるいは設定だけ作って運用していない方

(2)  既にある程度作り込んで運用されている方

 

 今回は、(1) これから作る方、のための作り込み方を考えてみましょう。

 これがおそらく完成度の高さを求めるのに一番有効なやり方なのですが、古い段階から順番に作りましょう。既に設定だけ作っておられる方で、それっぽい歴史変化を演出したい方は、現状の設定を祖語あるいは古〇〇語に定めましょう。理由は単純で、新しい時代の言語から古い時代の言語に遡るよりも、古い時代の言語を変化させて新しい言語を作る方が作り込みが圧倒的に楽だからです。例えば、以下のような変化を全ての語でさせてみるとかなり自然言語の変化っぽいです。例外をたくさん作ると自然言語っぽくなくなっていきます。

 

音韻編

・/i/や/e/といった前舌母音の直前の子音が口蓋化(Palatalization)する

例: ki > tɕi (自然言語ではラテン語 centum > イタリア語 centoなど)

・母音の間で子音を弱化(Lenition)させる(無声音は有声音か摩擦音に、有声音は摩擦音に、など)

例:  ata > ada, ata > aθa, s > h, etc...

・語末の子音や母音を脱落させる。語末音脱落(apocope)と言います(発音は「アポコピー」)。

例:  atata > atat, akak > aka, etc.

・複数の子音を一つの子音に合流させる

例: /t/が既にある言語で、d > t

・複数のアクセントのない母音を[u]、[i]、[ə]などに変える

例: ラテン語 /in-amīcus/ → inimīcus(この例自体は本来共時的な音韻規則ですが、娘言語の時代から振り返ってみると歴史的な変化になっています)

・語中の子音連続のうち、前の方を脱落させて、その分直前の母音を伸ばす(代償延長(Compensatory lengthening)

例: akta > āta

・子音連続を単純化する。最後の子音と同じ音に同化(Assimilation)させるか、最後の子音以外を脱落させてしまうのがよくあります。脱落させる場合は直前の母音を代償延長させても構いません。

例: atma > amma, akta > atta(同化の例)、atka > aka, abda > ada(脱落の例)

・短い母音(を含む音節)が三つ続いた場合、真ん中の母音を脱落させる(語中音脱落(Syncope)と言います。発音は「シンコピー」)

例: pakata > pakta

・直後の(音節の)母音が/i/であるときに、母音を前舌([y]とか)にする(いわゆるウムラウト、この場合は特にi-Umlautと言います。u-Umlautが次点で多く、それ以外のウムラウトはあまり見ません。私もa-Umlautをギリギリ一例知っているくらいです。)

例: puti > püti [pyti]

 

形態論編

・既にある語の活用形を短くして、新しい文法マーカーを作る(文法化(Grammaticalization)と言います)

例: サンスクリット madhye「真ん中に」> ヒンディー語 mẽ「〜の中に(後置詞)」

・複数の格を融合させる

例: 奪格を属格に融合させる(自然言語ではバルト諸語やスラヴ諸語などに例があります)

 

 本当はもっともっと色々変化の形はあるのですが、以上の変化をいくつか組み合わせてみるだけでもかなりそれっぽくなると思います。例えば、ある言語に上であげた子音連続の単純化、語中音消失、i-Umlautがこの順番で起こったことにしてみましょう。その言語に例えば*kutbaniという単語があった場合、以下のような変化が期待できます。

 

1. *kutbani > *kubani (子音連続の単純化)

2. *kubani > *kubni (語中音消失)

3. *kubani > kübni (i-Umlaut)

 

娘言語でkübniとなりました。ちなみに、この変化の順番を入れ替えると違う形が出てきて面白いです。これを相対年代(Relative chronology)と言います。ここでは試しに先ほどの変化を、i-Umlaut、語中音消失、子音連続の単純化の順番にしてみましょう。

 

1. *kutbani > *kutbäni (i-Umlaut)

2. *kutbäni >  *kutbäni(最初の音節がkutと子音で終わっているので、そのまま)

3. *kutbäni > kubäni (子音連続の単純化)

 

このように、どんな変化を起こすか、どんな順番で起こすかということを考えていくと非常に作っていて楽しいです。是非一度試してみてください。

 

 また、もう一つ重要なポイントは、元の祖語となる言語から、自分が主に使う言語を含めた複数の娘言語(Daughter language)を作ってみることです(一番古い段階は祖語(Proto-language)でしたね。この祖語から派生した娘言語を全てまとめて家族ならぬ語族(Language family)と言います)。

 なぜ複数の娘言語が必要なのかというと、一つの言語から祖語は再建できないからです。一つの言語の不規則活用などから古い段階の言語を再建する内的再建(Internal reconstruction)という方法もあるのですが、普通の再建方法と比べるとやや難易度が高くなります。完成度の高さを狙うならどうしても、一つの娘において無くなってしまった特徴が、別の娘言語(要は変種)に残っているようにしなければなりません。

 例えば、*bākusという祖語の形から自分の使う言語用にbakuという形を作ったら、もう一つ*āと*sの存在が復元できるような変種を作っておきます。例えばvāgusとかどうでしょう。これなら比較言語学の手法で祖語までちゃんと辿れるようになります。要するに、全ての娘言語で消失してしまった特徴は再建できないということを覚えておいてください。例えばラテン語のh(habeōとか)の音は全てのロマンス語で消失してしまったので、もしラテン語の資料が残っていなかった場合、比較言語学的な手法で再建できず、多分*abeōと再建するしかなくなってしまうでしょう。もちろん設定として全ての娘言語で消えてしまった特徴を用意しておくのは大アリですが、それは自分用の資料に非公開で残しておくと非常にそれっぽくなります。

 

今回は以上です。読んでくれた方がいらっしゃるなら感謝します。お疲れ様でした。次回は今回書き残した(2)の方をやっていこうと思います。

 

 

 

 

語学学習:(1)リグ・ヴェーダ8.91.1

今日は試験的に、自分が勉強で読んだ箇所のメモを投稿してみます。今回はリグ・ヴェーダの第8巻第91篇の1番を載せます。全然入門的な話ではありませんが、自分の備忘録を兼ねて。印欧語学マシマシ。

 

kaniyā̀ vā́r avāyatī́ sómam ápi srutā́vidat /

ástam bhárantiy abravīd índrāya sunavai tuvā śakrā́ya sunavai tuvā // 8.91.1 //

 

作者Apālā Ātreyī。サーヤナ注の導入およびJB I.220以下によると皮膚病を抱えた娘。

韻律はpaṅkti(8音節×5行、カデンツイアンボス脚×2)。

 

「乙女が、水のほうに降りていきながら、道中でソーマを見つけた。[それを]家に運びながら[乙女は]言った。インドラのためにお前を絞ろう。能ある者(=インドラ)のためにお前を絞ろう。」

 

サーヤナ注の語釈部分

vār = udakaṃ praty, avāyatī = snānārtham abhyavagacchaṃtī, kanyā = [a]pālā nāma strī, srutā = srutau = mārge somam apy avidat. = alabhata. vidḷ lābhe laṅi rūpaṃ. taṃ somam astam = gṛhaṃ prati, bharaṃty = āharantī, sā somam abravīt. he soma tvā = tvām, iṃdrāya sunavai. = mama daṃtair evābhiṣuṇavai. punar he soma tvā = tvāṃ, śakrāya = samarthāyeṃdrāya, sunavai. = idānīm evābhiṣavaṃ karavai.

vārすなわち水に向かって、avāyatīすなわち沐浴をするために向かっていく途中に、kanyāすなわちアパーラーという名前の女が、srutāは[古典サンスクリットで]srutauで、すなわち道中で、ソーマを、api vidatすなわち得た 。√vidḷは√vid(6類動詞の方)で, 未完了形(と書いてあるが本当はアオリストのはず)。そのソーマをastamすなわち家に向かって bharaṃtyすなわち運びつつ、彼女はソーマに言った。「おおソーマよ、tvāすなわちお前を、indrāya sunavaiすなわち他ならぬ私の歯で絞ろう。」再び「おおソーマよ、tvāすなわちお前を、śakrāyaすなわち能あるインドラに、sunavaiすなわちほかならぬ今ソーマ絞りを行おう。」

 

 

それぞれの語について:

 

kaniyā̀: *kani-Han- (所有を表すホフマン接辞)、元々はn語幹(!) e.g. kanyánām (acc.sg.)

etym: PIE *ken 'neu' ? cf. Gk. καινός, OCS конъ, искони.

Hoffmann, Karl (1955) Ein grundsprachliches Possessivsuffix. Münchener Studien zur Sprachwissenschaft 6: 35-40.

 

vā́r: etym: PIE *(H)u̯eh1r- cf. Hitt. wa-a-ar, Toch. A. wär, Toch. B. war (< Proto-Toch. *uwär < *uHr), Lat. ūr-īnārī, ūrīna, Gr. οὖρον, Lith.́ra.

 

 

avāyatī́: ava + √iの現在分詞yatī-、avaの二音節目の長母音は*h1の名残(代償延長):PIE *h2eu̯(e)-h1i̯-n̥t-ih2

 

ava: etym. PIE *(h2)eu̯? cf. OCS у, Old Av. auuā, Gk. αὗ.

 

sómam: etym. Proto-Indo-Iranian *sau̯-ma-. cf. Av. haoma-. 語根*seu̯(H)「(ソーマを)絞る」からの派生なので語源からはソーマのことは何一つわからない。ただし、一般的にはエフェドラではないかと言われている。水を加えないと絞れないという特徴がある。

 

ápi: etym. PIE *(h1)epi. 本来は所格単数形? cf. Gk. ἐπί, Arm. ew, Lith. apiẽ.グラスマンの辞書の√vidの項にapi-√vidというコロケーションは書いておらず、apiの項に"Als selbständiges Wort ist es entweder deutendes Adverb oder Präposition mit dem Locativ."とあるのでここでは次のsrutā́にかかる(と少なくともグラスマンは読んでいる)っぽい。「近くに」あたりか。ただしサーヤナ注(ヒンドゥー教的な解釈をずらずら書いたもの)ではapi-√vidと解釈しているみたい。

 

srutā́: etym. PIE *sreu̯「流れる」。cf. Gk. ῥέω. 古典サンスクリットであればsrutauとなるが、これで単数所格の形。i語幹名詞の単数所格は本来PIE *-ēi̯で、語末における長母音の直後の半母音(あるいは、いわゆる超長二重母音の後部要素の半母音)は脱落するという規則を経て、PIE *-ēi̯ > *-ē > Skt. -āとなる。この規則はサンスクリット内部では例えばśakhi-の単数主格がそう(nom.sg. sákhā < *sákhai. cf. acc. sg. sákhāyam)。また、サンスクリットでは共時的な外連声としても生産的。

 

avidat: √vidのthematic aor. ちなみにthematicのアオリストはほとんどが娘言語の内部で独自にできたものと言われている:George Cardona (1960) The Indo-European thematic aorists. PhD dissertation. Yale University. (ちょっと意外!)

 

ástam: etym. PIE *n̥s-tó-. PIE *nes「家に帰る(?)」から。cf. Gk. νόστος, Young Av. asta-.

 

bhárantiy: √bhr̥の現在分詞bharantī-。

 

abravīd: etym.  PIE *mleu̯H. cf. Av. mrao-. 言語ごとに鼻音と有声閉鎖音が揺れる例の一例。他には数詞の9(PIE *neu̯n̥ > Skt. náva, OCS девѧть)や「空、雲」(PIE *nebhos- > Skt. nábhas-, Lith. debesìs)など。

 

índrā́ya: etym. Mayrhoferの語源辞典によればOCS ѩдръ「速い」と同語源とかそうでもないとか。だとすればPIE (H)i-n-d-ro-(= *h2ei̯d「膨らむ」の鼻音で形成する現在語幹から*h2ind-、それにCaland接辞*-ro-)か?各単語の意味の関連があんまりそれっぽくない。

 

sunavai: √suの反射態(Ātmanepada)の接続法。印欧祖語的には接続法は標準階梯の語根から作られるので、接続法の反射態がインド・イラン語派内部の産物であることを示唆する。(追記:よくよく考えるとこれおかしいぞ?と思って少し調べてみると、決して広く受け入れられている説ではなさそうなことがわかりました。迂闊!)

 

śakrā́ya: √śak (< PIE *ḱek-)にCaland接辞-ra- (< PIE *-ro-)がついたもの。語幹はśakra-だが、最上級はśac-iṣṭha-となって-ra-がとれる。-ra-がとれているけれども明らかにśakra-の最上級である。このような、接辞の付け替えがあるけれども同じ語に属していると分析できるような派生関係をCalandシステムという。これに属する-ra-とか-i-とかいう接辞をCaland接辞という。